そんな日も 、 あるよね 。 ○¨

東南アジアを旅していた傍ら、ちょこぽことやっていたブログ『^^とっとちょっといってきまーす。。○¨』から1年とちょっと。         写真ブログを始めることにしました。´∇`*¨  そんな日も、あるよね。 ○¨

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 When the sense open..this world will be fun and shine brightly.



 Thank you Tohmas^^
Thank you
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Let's change daily life .

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I wish a future of your smiles. for now on forever..


Heima
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そんな日も、あるよね。 。。○¨

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 人は そんなには強くない   でも 、 ひとりで生きてるわけじゃない








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 スナーダイクマエ孤児院を訪れて

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施設を訪問させていただいてから、ずいぶんと時間が経ってしまいましたが。。

そのときのことを綴らせていただきました

やっぱり長めの文になってしまいましたが、、よろしくお願いします





シェムリアップに着いた頃、
私のFacebookでの投稿を見た先輩が、私にメッセージをくれました。

「ちーちゃん
余計なお世話かも知れないけど、シェムリアップには『スナーダイクマエ』という、日本人経営の孤児院があるよ

僕は10年弱前に、一人でアポ取って見学に行き、子供達とサッカーで交流したり、日本語授業に参加させてもらったよ。

もし時間と興味あれば、行ったらきっと感じることもあると思うよ。」


そうメッセージをくれた先輩は、私の今回の旅を、決して甘やかさない視点でアドバイスをくれたりと応援してくださっていました。

このメッセージで私はスナーダイクマエ孤児院を知り、連絡をとって、訪れさせていただくことに…




まずは、スナーダイクマエ孤児院の紹介を。。

スナーダイクマエ孤児院は、約30年ほど前に難民として来日し日本で教育を受けたメアス・トミーさんが “自国に必要なのは子どもへの教育だ” と強く感じ、1998年に設立された孤児院です。

現在は、メアス博子さんがこの孤児院を運営されています。

2012年現在、8〜19歳の21人の子どもたちを預かり、
衣食住の提供・カンボジアの基礎教育を受けさせること・自立に備えた基本的生活習慣の指導・語学教育による職業訓練・農業や養鶏・伝統舞踊や絵画教室による情操教育 に基づき、子どもたちが将来社会の構成員として自覚をもって自立してゆくためのサポートを行っています。

孤児院で預かっている子どもたちは、貧困や虐待を理由に親と生活を共にできない子どもや、両親または父親・母親のいずれかがいません。

シェムリアップ市内だけでも、福祉局が把握しきれていないものも含めると、何十もの孤児院があるそうです。

「 貧困 」を受け入れの対象にすると、カンボジアには数えきれないほどの対象者がいるので、ここ近年は特に、より弱者の子どもたちを…ということで、虐待を理由に保護された子どもたちを預かるケースが増えています。

孤児院運営資金は、年間約600〜700万円で、設立当初はその活動資金を寄付金に頼るところが大きかったようですが、現在ではスタディツアーの受け入れ、ポストカードやTシャツの販売、鶏卵販売、日本での絵画展開催に伴う物品販売などによる自己資金の調達も増えてきました。
内務省にNGO登録しているものの、カンボジア政府からの補助金などは一切ありません。





ここでちょこっと、

カンボジアという国の背景を。。


カンボジアでは、1975年からの4年間のうちにポル・ポトの政権下で多くの民衆が虐殺されました。
当時の人口約800万人のうち約300万人もの人々の命が、この数年間の間に奪われたのです。
子どもたちは教育を受けることを禁じられ、学校は壊され、教師は虐殺されました。
医者や教師はじめ多くの知識人が虐殺の対象となりました。
日に日に虐殺される人の数は増え、単にメガネをかけた人、柔らかな手の人、都市に住む人‥たったそれだけの理由で、数えきれないほどたくさんの人々が現在トゥール・スレーン博物館(プノンペン)となっている場所などへ連行され、劣悪な拷問を受け、その拷問苦から解放される為嘘の告白書を書き、キリング・フィールドと呼ばれる場所(当時300ヶ所ものキリング・フィールドがありました)で子どもたち含めたくさんの人々が、虐殺されました。

家族はばらばらに暮らすことを強いられ、子どもたちも農作業やダム建設などに駆り出されました。
飢えに苦しみ、栄養失調から病気になっても医者や病院はありませんでした。
仏教徒が国民の大半を占めるカンボジアで、人の道を説く僧侶たちも虐殺の対象となり姿を消していました。
学校に行けず家族の愛情もしつけも受けられず、空腹に耐えながら生き抜いた人々が、現在のカンボジアの子どもたちの親です。

そんな背景を背負って、いまの カンボジア という国はあります。





スナーダイクマエの子どもたちは、みんなと生活を共にしながら平日は毎日この施設から公立の小中高校へと通っています。

学校から帰ってきた後は、語学の勉強をしたり自習をしたり、サッカーやバレーボールなどをしたりしています。

サッカーとバレーボールのチームを作り、月に一度、他の孤児院の子どもたちと対抗戦をしているそうです。^^

そして食事の準備や後片付け、自分たちの身の回りのことを済ませ、10時頃就寝となりますzzz


今回は、子どもたちとの交流時間はありませんでしたが、博子さんから施設のこと、子どもたちのこと、現在のカンボジアの学校教育について‥たくさんのお話を聞かせていただきました。

博子さんは日本で息子さんを出産された後、息子さんが1歳のとき再びカンボジアに戻り、自分自身の子育てと並行して、2000年から本格的に孤児院での仕事を始められました。

当初は、子どもたちには道徳観念がなく、衛生状態も最悪だったそうです。
「嘘をつく」「物を盗む」そんなことは日常茶飯事。
共同生活でありながらみんなが協力して暮らすという考えは皆無だったそうです。
試行錯誤のなか、一緒に草木を植え、庭を造り、掃除・洗濯・食事の準備に後片付け、どれだけ時間がかかっても、分かるまで一緒にし続けたそうです。
みんなで食べる野菜を院内で育て、鶏の世話をして卵も採れるように。。
そのなかで、少しずつ子どもたちに思いやりの心が芽生え、協力して生きることの基礎ができたように感じられたそうです。


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この絵は、つい最近、博子さんが日本へ帰国し施設に帰ってきたら子どもたちによって描かれていたそうです





高校を卒業する子どもたちのそれから先の進路についてのサポートも、博子さんはじめスタッフの方々が力を入れ行っていることのひとつです。

カンボジアの基礎教育の部分のレベルが低いことを、子どもたち自身自覚していて、大学の進学を求める子どもたちも多いようです。

また、最近の問題点のひとつとして、子どもたちは切羽詰まった経済的状況を経験していない分、職を求めることへの貪欲さがなくなってきているそうです。

スナーダイクマエで大人たちに大切に育てられ、安定した暮らしのなかで生きることができている、それはとても喜ばしい現実ですが、そういった問題もあるそうです。

ムズカシイ‥

これはスナーダイクマエに限らず、自分たちの世代含め先進国の現代の子どもたちにも言えることかもしれませんが‥


また、とりわけカンボジアでは、儲かるか儲からないかが、仕事選びの基準となることが多く、「やりがい」という観念はほとんどないそうです。




博子さん自身子どもたちと生活を共にし、孤児院を運営するなかで、たくさんの葛藤やご苦労があったそうです。

「そういった渦中にあるときこそ、半年後、1年後は笑って話せている
そのことを思う、イメージする
そして、結果 笑う ^^」

そんな風に爽やかな表情でおっしゃっていましたが、母国を離れ、自分の子育てだけでなく、たくさんの子どもたちを預かり育てていくということは、誰にでも容易くできることではありません。
これまでほんとうにたくさんのご苦労や努力があったことと思います。



また、博子さんは、

「自分が経験してきたもの‥そのなかでよかったと思うこと・考え
を子どもたちへ伝えていきたい」

そうおっしゃっていました。


そして、スタディーツアーなどで訪れた人たちに対して、

「何かをしてもらいたいわけではなく、その人たちにとって何かのきっかけになればいい、
子どもたちにとってもスタディーツアーで訪れた人たちとの触れ合いが楽しい
それでいいと思っている」

そう話してくださいました。




チェンマイ滞在時、アーサー・パッタナー・デック財団の運営するストリートチルドレンの子どもたちの生活施設「子どもの家」を訪れ、そこで長年働かれている出羽さんにお会いし、お話を伺ったときも感じましたが、
母国を離れ、子どもたちと関わりながら生きているおふたりは、ほんとうにたくさんのご苦労もあったかと思いますが、いい意味で 気負い がなく、または感じさせず、
軽やかさと潔さを感じました。


博子さんの持つ気負いない軽やかさとサバサバとした雰囲気、明るい笑顔^^そして、潔さ 。。


話を伺いながら、子どもたちに関わり生きていくなかでのヒントと気づきをいただけた気がします。


それはひょっとすると、子どもたちとの関わりだけでなく、人と関わりながら生きていく人生においても、たいせつなことかもしれない






「かわいいんですよ、この子らが^^」







博子さんはおっしゃっていました。

「子どもたちに一番望んでいるのは、結婚して“家族を大事にすること” 」


「結局自分のベースにあるものは親だと思う」







博子さん、施設の紹介はじめ、たくさんのお話を聴かせてくださり、伝えてくださって、どうもありがとうございました゛

そして今回いっしょに訪れた、あやさん*じゅん
それぞれに感じ方はあったと思うけど、いっしょに行けて共有できて、嬉しかった^^ ○゛


今回の訪問のきっかけをくださったマツモトさん*どうもありがとうございました○゛








今回 旅をしながら、強く感じることがある


人がそのときその瞬間、どう感じているか どんな気持ちにあるか 。。

程度の差やキャッチの仕方に多少のズレはあるかもしれないけど、


たしかにそれはその人の表情 顔 に ある 出ている


その人のそのときの顔 表情から、

それを感じるのです


それが言葉の通じる同国の人であっても、言葉は通じない他国の人であっても


そこからその人のそのときの気持ちを感じることが 人間 である私たちにはできる


今回の旅で、そんな瞬間に幾度となく出会い、感じ 心が触れる


わたしはそれをたいせつにしていきたい


いま書きながら、ふと思ったよ

にんげんて 人との間に生きるわたしたち

人との間に生きていく生きものだから、そんなココロや能力を授けてくれたんかな ?


人間 て、すごいね



わたし、人間に生まれてこれて、よかったよ




ありがとう



○゛




あれ、最後はちょっと話が別の方へと向いてしまったのですが、、



読んでくださって、どうもありがとうございました゛


最後に施設の写真を数枚載っけさせていただきます

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子どもたちの描いた絵をもとにポストカードやTシャツが販売されています。
これらを購入することで、施設への運営費へと繋がります。


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10年ちょっと前、博子さんが食べたマンゴーの種を施設内へ植えてみたら、今じゃこんな立派な木へと。。゛


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ここで子どもたちはごはんを食べたり自習をしたり。。○゛







子どもたちの思い描く未来が、かたちとなっていきますように。○゛


 
さ 大人のわたし 顔 晴ろっと ^^ ○゛
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 トロペアン・トム村のこどもたち

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 そいではまずは、トロペアン・トム村でのお話から。。


 まずは、この村のことを知り、訪れることになった経緯から‥


旅立ち前、旅cafe『Smile Earth』で店長ゆうきさんから旅話を伺っていたときのこと。。

「シェムリ行くなら、イキイキゲストハウスやイキイキスクールに行ってみるといいよ!
サム(イキイキゲストハウス・オーナーさん)とあにじゃ(トロペアン・トム村に住み、イキイキスクールを管理されている方)がいるからさ^^」

 
 そして、旅がスタートした初日、りょうこさんが紹介してくださったさやかさんとせっきーさんのお家を訪ねたときのこと。。

その日は、偶然にも手巻きずしパーティの日で、そこでたまたまあにじゃさんと出会うことができたのです

 
 「ではカンボジアに入った時にでもまた連絡を!」


 そして2ヵ月ほどタイ・ラオス・ベトナムを旅した後、1月11日、カンボジア・シェムリアップにin

 あにじゃさんと再会を果たしたのです。○゛


 そして、イキイキスクールのある村「トロペアン・トム村」に連れて行っていただくことになりました。


    


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 まずは、さっきからちらほら出てくる「イキイキスクール」とはなんぞや ・・? から。。


 イキイキスクールは、世界一周の旅をされていたかで&ぐりこさんご夫婦が、たくさんの旅人さんたちとトロペアン・トムの村人さんたちとともに創り上げた小学校です。

 詳しくはこちらをご参考に‥ →http://ikiikikadeguriko.jimdo.com/iki-iki-school/


 そして2年近く前から、この村に滞在し、このイキイキスクールを管理されているあにじゃさん○゛

 あにじゃさんは、電気も水道も通っていない田舎の小さな村・トロペアン・トムで、畑仕事や時に井戸掘り・家建設‥村人さんたちとともに暮らしながら、このイキイキスクールが学校としてちゃんと機能するよう管理されています。



 シェムリに入って数日経った後、あにじゃさんの案内で出会った旅人のみんなとこの村へ訪れました。○゛

 シェムリの町を走った後、舗装されていない道へ入って1時間とちょっと

なかなかにワイルドな道を、元気いっぱいのこどもたちのたくさんの「ハロー!ハロー!!」「バイバーイ^^!」に迎えられながら、この村へとたどり着きました。

 
 この一瞬一瞬の「スースラーイ^^」「バイバーイ^∀^」のやりとりで、心はあったかく幸せになりました。○゛


  たくさんの素敵な表情に、出会ったよ。


   


 トロペアン・トム村は、村人1400人ほどの小さな村です。そしてそのうちの700人くらいは子ども?というくらい、こどもの多い村です。○゛

  そして、この村人のうち500人くらいは、タイなどへ出稼ぎに出ていて、こどもたちも14歳くらいになると、出稼ぎに行くことが多いそうです。

 この村の1番の収入源が、「出稼ぎ」によるのもで、次が「お米」(村の周りは広大な田んぼに囲まれています)だそうです。

 ちなみにそのお米農家さん方の年収は30万いくかいかないか、だそうです。


 次いで、タイなどに輸出される手作りの「かご」。

このかごは、村の女性たちの主な仕事のひとつで、材料となる枝をとってきて(こどもたちもいしょに手伝います)乾燥させ、それらひとつひとつを組み合わせ編んでいきます。

村人さんたちの手作業で、手間ひまかけて作られたそのかごの値段は、ひとつ1ドルほどだそう

 公正な取引(フェアトレード)はされているのだろうか。。


 この村は、WFPの食糧支援も受けていて、お肉などは「食べるもの」というよりは「かじるもの」といった感覚だそうです。あにじゃさんの話によると、 村人のみなさんは小さなお肉ひときれでごはんを一杯食べる そうです。


 それでもあにじゃさんがこの村へやってきた時に比べて、目に見えて発展し、村のみんなの生活もよくなっているそうですが、まだまだ安定した暮らしができている、とは言えないようです。

 また、中学校への就学率は10~20%ほどで、子どもたちはある程度の年齢になったら、働き手として出稼ぎに出たり、家の仕事を手伝ったりすることが多いそうです。


 そして、この村の教育に関わるもうひとつのネックな部分が、「先生の数が足りない」ことで、その背景には、村で先生をしても給料が低いため、稼ぎにならず、町へ働きに行ってしまう先生が多い、という現状があります。

 この村に限らず、カンボジア(プノンペンの私立校などは別だそうですが)は先生の月収がとても低く、そもそも先生が少ないうえにこどもの数が多いため「教員不足」という問題があります。

 また、学校教育も、カリキュラム上は音楽や体育や美術なども含まれていますが、実際は国語・算数・社会・理科のみで、トロペアン・トムなどの小さな村になると、社会や理科などの教育は充分に為されていないところもあるようです。


 イキイキスクールには、1~2年生のこどもたちが通っていて、7~11時の午前中に通うこどもたちと、13時~17時の午後に通うこどもたちとがいて、それぞれ半日学校で勉強をしています。

 イキイキスクールに限らず、シェムリアップあたりの学校は、大体がこのように2部制となっているそうです。


 と 、 とっと 。。


村の話から少しそれてしまいましたが、こういった現状のなか暮らしている村のこどもたち・おとなたちですが、貧しさに顔を暗くしているかというとそんなことはないのです。


 そもそも、わたしたち日本人の感覚からしたら「貧しい」ことになるのかもしれませんが、村のひとたちからしたらどうだろう。。?


 もちろん楽な生活ではないけれど、こどもたちは裸足で元気に駆け回ったり、木に登ったり、蛇をとっつかまえて焼いていたり。。のびのびと生き、

 村のおとなたちは穏やかな表情と明るい笑い声と笑顔をもって暮らしています。


 もちろんそういった表情をもっていても、生きる苦労を抱えていると思いますが。。


   

 学生時代にフィリピン・マニラを訪れ、ストリートチルドレンのこどもたちと時間を共にしたときに感じたように、そして今の日本を思っても、やっぱり 物質的な豊かさ=精神的な豊かさ とはならないことを、実感します


  

 そして、村での生活が残りわずかとなったあにじゃさんは、村のこどもたち・おとなたちへなにかを。。ということで、アンコールワットへの1day tripを企画し、3回に分けて村のこどもたち・おとなたちとのアンコールワットツアーを行いました

 その3回目のツアーに、一緒に参加させてもらい、こどもたちといっしょにアンコールワットを巡り、写真を撮ってきました。


 朝、アンコールワットで出会ったこどもたちの表情は村にいたときのこどもたちの表情と違い、
「どこか見知らぬとこへ来たぞ‥」とちょっと緊張している様子。 そしてなんかおとなしい。。^^


 それもそのはず、こどもたちのほとんどが、車に乗って出かけるのも初めて 。○゛


きっと見知らぬ地・そしてたくさんの見知らぬ人たちのなかで緊張していたんだと思います。


 初めてのアンコールワット○゛といっても、こどもたちが興味を示すことは、車の荷台に乗ることや買い食いすること、時折り現れるサルたち、そして実のなる木への木のぼり果実とり。○゛^^



 こどもたちといっしょに遺跡を巡りながら、ひとつ、複雑な気持ちになったシーンがありました。


 こどもたちがある場所にかたまって休憩していたときのこと

ある欧米人団体のツアーガイドをしていた現地の人が、村のこどもたちの目の前でとまり、ツアー客へ向かって

「これがリアルなカンボジアの子どもたちです!カンボジアは貧困問題を抱えているのです‥」

と、説明を始めた。


そして、ガイドの説明が終わった後、ツアー客のみんなが一斉にこどもたちにカメラを向け写真を撮り始めた。

 
 あのときこどもたち、そしていっしょにいた村のおとなたちは何を感じただろう。。


 やめてよ と思った


 あにじゃさんも「見世物じゃないんだけどな‥」


村のこどもたち・おとなたちの人生の一生から思えば、ほんの一瞬の出来事かもしれないけど

みんなが何を感じていたかはわからないけれど


 私はとても複雑な気持ちになりました


確かにこどもたちの格好は、他のこどもたちに比べて、服が汚れていたりボロボロだったりして、貧相に見える部分があったかもしれないけど、 そして確かにカンボジアのこどもたちの現状であるかもしれないけど

 そんな紹介の仕方はやめてほしい そんなカメラの向け方はやめてほしい

 写真は、 事実・真実を伝える という大きな役割も果たすけど、

  撮られる人の心を傷つけたくない 傷つけないで


 撮る 以上、個人的に気をつけたいし葛藤することのひとつです


 。。


 あら 完全なる主観  ・∀・;



 と、そんなあにじゃさんの素敵な企画へいっしょに同行させてもらったのでした。○゛


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 村では、初めて訪れた時は、こどもたちが折り紙を喜んでくれたので、それが嬉しかったし、喜んでもらえるなら、カメラは置いてこどもたちと遊ぼう ってほとんどずーっと折り紙してました^^○゛

 っていってもちっちゃな子はみんな、一緒に折ろうと誘っても「やってやって」と紙を差し出して、私が作り終えるのを待っている感じだったけど。笑


 でもこの村で、たくさんの素敵な表情・たいせつにしたい表情 、伝えたい表情にたくさん出会った気がしたので、あにじゃさんに「もう一度村へいって写真を撮りたい」とお願いして、また、その後に出逢った旅人のみんなとで、もう一度、トロペアン・トム村へお邪魔させてもらいました。。



 そして、言葉は通じ合わなくとも、村のおとなたち・こどもたちとたくさんの笑顔を交わした



 今のわたしにできるちっちゃなことは、それぐらいしかないから、愛もってこどもと触れ合うこと、そして例え一瞬でも、ひとつでも多くの笑顔のじかんをこどもたちのこころに積んでいくこと
 
 そんな個人的な私の想いが、なんになるか、なんにもならないかもしれないんだけど、それは一生かけてやっていこうと思います。


 子どもたちを守るのは大人の役目だし、愛することができるのもきっとおとなだけ


まずはたくさんの愛でくるむんだ こどもたちが感じるひとつひとつをできる限りいっしょに感じて、キャッチしたい


  よ よっと 


 ・∀・

やっぱり主観を交えずすべて客観的に伝えるのは私には困難で、どしても気持ちが入ってしまうので、あっちゃこっちゃに思いのままにいって綴ってしまって、ごめんなさい。笑

 

 村のこどもたち(もちろんおとなはもっと)の手のひら・足の裏はかたいんだ


 こどもたちが生まれたときからその村で、裸足でかけて昇って生きてきた証


 手のひらで、自然のなかにあるものにたくさん触れて、手をたくさん使って生きてきた証



 これから大人になっていく子どもたちは、この先苦労していくこともあると思うけど

 まずは今、こども時代をいのちいっぱいめいっぱいのびのびと生きていけますように。○゛

  そして、元気に育っていけますように。○゛



 トロペアン・トムのみんな○ あったかいひとときをありがとう ○゛


 あにじゃさん 村での暮らしも残りわずかで、なにかと忙しいなか、村の案内をしてくださってありがとう○゛   


  そしてやっぱり今回も字ばっかりでながーくなったこの記事を、読んでくれたひと ありがとう○゛



  村の子供たちの写真は、帰ったらアップします^^

 ひとまず、iPhoneで撮ったものを。○゛

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